個別・夏期講習の効果を最大に
夏が来ましたね。夏期講習が近づいてまいりました。
夏期講習で新しい生徒さんにたくさん出会うし、いつも担当している生徒さんの夏期講習もあるし、わくわくソワソワしています。
特に受験生は、夏に力を伸ばさなきゃと意気込んでいるだろうなと思います。
講師の私も思います。夏期講習を本当に有意義なものにしたい……!!
塾によるとは思いますが、個別指導の夏期講習って結構時間は限られているんですよね。授業時間はとても少ない。
塾講師として私が毎年思うのは、「この短い期間に、どれだけの変化を生み出せるか」です。
生徒の皆さんや保護者の方々は夏期講習に「大きな変化」を期待していると思うんです。ですが、授業時間を"普通に"苦手の克服、解き方の解説に使うだけでは大きな変化に繋がりにくい。
今回は、講師としての私の視点から、夏期講習を最大限活かすために考えていることを少しお話ししたいと思います。
私が個別指導の夏期講習で変化を生むために心掛けたいことが3つあります。
「目標の共有」と「勉強時間の見直し」、そして「変化を信じること」です。
まず、「目標の共有」です。
「第一志望は○○高校です」「文系に進みたいです」「数学の計算問題がずっと苦手で……」「この夏に古典文法をなんとかしたい!」
そんなふうに、生徒から具体的な目標を聞かせてもらえると、講師としてできることがぐっと増えます。
まず、講習内容を生徒ごとにカスタマイズできます。
たとえば「この分野が志望校でよく出る」とわかれば、それに合わせた教材や演習を提案できますし、逆に「この範囲は今は無理にやらなくていいかも」といった取捨選択もできます。
また、目標があることで、生徒自身も勉強の意味を見失いにくくなります。
漠然と問題を解くだけでなく、「このためにやっているんだ」と思えることは、勉強への集中力を高める原動力にもなります。
もちろん、目標といっても大きなものでなくてかまいません。
「夏の間に漢文の基本句形を覚えきりたい」「英語長文を読みやすくしたい」といった、小さな目標であっても、それを共有することで講師と生徒が同じ方向を向いている感覚が生まれます。
生徒と講師が同じゴールを目指して、短い夏を駆け抜ける。
そのスタートラインに立つために、「目標の共有」はとても大事な第一歩だと思っています。
そして夏期講習で成果を出すために、私が生徒と一緒に取り組むことの一つが、「勉強時間の見直し」です。
というと、「勉強時間をもっと増やそう」と思われるかもしれませんが、それだけではありません。
大事なのは、“どうすれば自然に、無理なく続けられるか”という視点です。
たとえば私は、生徒に「時間とやることをセットで決めてみよう」と話すことがあります。
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電車の中では英単語だけ、と割り切る。
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朝ごはんの前に10分だけ漢字をやる、と習慣にしてみる。
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塾の前に30分、塾の自習室で数学をやってから授業に入る。
こんなふうに、「どこで」「何をやるか」を先に決めておくと、あとは自動的にその行動に入れるようになります。
やる気や気分に左右されにくいので、意外と続けやすいんです。
また、自宅だけでなく、集中しやすい場所を複数もつのもおすすめです。
図書館や自習室、カフェなど、自分にとって「スイッチが入る場所」があると、集中力がぐっと高まります。
さらに、時間の使い方にもコツがあります。
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30分勉強したら5分休憩を入れる
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1時間ずっと数学ではなく、30分数学→30分英語のように“科目を切り替えていく”
このように、リズムよく勉強を組み立てることで、集中が長続きしやすくなります。
夏期講習は、普段よりも時間を取りやすい貴重なチャンス。
でも、「だらだらたくさん」よりも、「集中して短く」の方が効果は大きい。
そのために、時間と場所とやることを、少し工夫して見直すだけで、学習の質はぐっと変わってきます。
最後に、「変化を信じること」。夏期講習で大きく変われるんだ、と講師が心から信じていること。そしてそれを生徒に伝えることが、とても大切だと思っています。
繰り返しになってしまいますが、個別指導の夏期講習は授業時間でいうとかなり短い場合が多いです。正直、こんな短い授業時間でどれだけのことが出来るんだと思ってしまったこともあります。でも、夏期講習で大切なことって「夏期講習で変わるぞ」と意気込んだり、夏期講習で手ごたえを得て「この後も受験まで駆け抜けるぞ!」と勇気がわいたり、そういうことじゃないかと思うんです。
夏は、一年の中でも一番「変化」が起こしやすい季節です。
授業時間は短くても、工夫次第で得られるものはとても大きい。
講師である私自身も、「どうすれば最大限に夏を活かせるか」を考えながら、夏期講習に向き合っています。
生徒一人ひとりにとって、この夏が何かのきっかけになりますように。
そして、自分の限界を少しだけ超えてみる、そんな夏になりますように。
個別指導とラポール
個別指導塾で1対1の授業をしながら、「結果を出すために一番大切なことは何だろう」とよく考えます。
今のところの答えは、ラポールを作ること。ラポールとは、心理学用語で「セラピストとクライエントが相互を信頼し合い、安心してコミュニケーションを取れるような状態」のことです。
塾での「結果」と言えば、志望校合格や定期テストの得点アップが代表的ですが、私はそこにもう一つ加えたいと思っています。
それは「勉強を好きになること」。
もし数学を嫌いだった子が数学を好きになったら、人生にとって大きな価値がある出来事だと思うんです。
毎回ではないけれど、「この生徒に古文を好きになってもらいたい」というようなことはひっそりと目標にしています。
ではどうすれば結果が出るのか。私は、生徒と協同で解決策を考える関係が大事なのではないかと思っています。
信頼関係が出ていないと、生徒は分からない箇所を質問しづらいし、テスト前だから教科書の問題を解説して欲しいなどと「講師に頼るタイミング」がそもそも生まれにくいように思います。反対に生徒といい関係を築けたときは、模試に向けた対策、普段の単語帳での勉強の仕方、など授業内容以外のことを聞いてくれる場合が多いと感じます。
もしかすると、真面目で人に頼るのが苦手な子は「こういう勉強が嫌」など言いにくいかもしれません。でも、講師としては嫌な気持ちもどんどん聞きたいんですよね。
登校中の10分間だけ単語をやるって決めるといいよ、とか。アナウンサーになりきって教科書の音読をやるといいよ、とか。嫌な勉強に対しての取り組み方のおすすめもあるし、嫌な気持ちを共有して無理のない勉強方法を一緒に見つけていければいいのではないかと思っています。
そうしてラポールを形成し、目標と苦手を共有して、隣に立って生徒の足元の少し先を懐中電灯で照らすようなイメージで一緒に目標まで進んでいきたいですね。
定期テストでの成績アップも、志望校合格も、勉強を好きになるにも、それが大事なんじゃないかなと思っています。
なかなか上手くはいかないですが……。
でも、ラポールを形成して目標を共有して一緒に進むことは心理カウンセリングとも通ずる部分があると思うので、
塾講師としても、心理職を目指す上でも、一人ひとりと誠実に向き合うことを大切にしていきたいです。
鈴木孝夫「ことばと文化」の理解 (ChatGPTを用いて)
先日、中学生の国語の授業で「ことばと文化」(鈴木孝夫)の問題を扱いました。
出題されていた範囲を要約すると、以下のような感じ。
▶ことばは私たちが世界を認識するための唯一の窓口である。
ものがあっても、適当なことばが無ければ目に入らないことすらある。
▶また、ことばは人間側の要素によって定義づけられる。
例えば机ということばは、形や材質ではなく人間側の利用目的によって定義される。
人間の視点でなければ机と椅子の区別は理解できないだろう。
▶世界とは混沌として連続的な素材でできたものである。
ことばが虚構の分節を与え、世界と整然としたものに見せている。
私も国語の授業でこの文章を読んだ記憶があります。
高校の教科書だったのかな……?
これを読んだとき、本当に目からうろこというか。
「はあっ……!」
って衝撃を受けました。
その後、確か鈴木孝夫さんの他の本を買って読んだ記憶もあります。
ことばが物をあらしめる。
そして、社会が違えばことばが違う。
鈴木先生の視座に、すごく影響を受けたように思います。
現代文の授業を嫌いだと思っていたけれど、教科書に載っている文章って本当に素晴らしい気づきを与えてくれるものがたくさんあったな……。
とはいえ、中学生の生徒にとっては、やはり少し難しい様子。
無理もありません。高校生だった私も、時間をかけてようやく理解した内容です。
そこで今回は、ChatGPTを活用して、この内容をかみくだいて考えられるワークを作ってみました。
こちら。

どうだろう。このワークは理解しやすいものになっているでしょうか……?
生徒にも、この文章がことばを考えるきっかけになると嬉しいなと思います。
※鈴木孝夫先生は2021年に逝去されました。
素晴らしい視座を与えてくださった鈴木先生。私は高校の教科書で読んだことを一生忘れないと思います。
心からご冥福をお祈りいたします。
講師を始めてから現代文が得意になった話
個別指導塾のアルバイトを始めてから、現代文が得意になった話
塾に採用された当時、私は古典が得意で、現代文は大の苦手だった。
指導可能教科の欄には、「古典〇 現代文×」と記入した。
以前アルバイトをしていた塾では、古文だけの授業にも需要があり、今回も古文を担当できればいいと思っていた。
だが、初めて任されたのは高校生の現代文。
「文系だから」「古文だけじゃ需要がない」と言われた。
不安だったが、指導箇所が決まっているから予習すれば大丈夫だと言われ、とにかく予習をした。
問題を全部解き、解説しやすいように図の描き方まで細かく考えた。
それでも、当時の私は本当に現代文を理解できていたとは言えない。
生徒に対して、申し訳ない気持ちが強かった。
その頃、私はオンラインでカウンセリングを受けていた。
カウンセラーの先生に「現代文を教えなければいけなくて辛い」と相談した。
塾を辞めたくて、帰り道で泣いてしまうこともあった。
励ましやアドバイスが欲しかった。
しかし、その先生が言ったのは意外にも――
「あなたは現代文ができるよ」
だった。
「いやいや、ずっと現代文の点数が悪かったんですけど……」
内心、反発する気持ちがあった。
けれど、先生はこう指摘した。
「“現代文が苦手”という意識には、昔の授業や先生への苦手意識などが影響しているのではないか。
古典が得意なら、現代文も本当はできる可能性がある」
現代文が苦手じゃないかもしれない?
それは、長年のコンプレックスを否定されるような衝撃だった。
私の大学生活は、「国語力がない」という劣等感とともにあった。
文学部に進学したにもかかわらず、レポートには「論理が飛躍している」と書かれた。
「現代文が苦手」という意識は、学問への自信の欠如にもつながっていた。
だから、なおさら動揺した。
でも、目の前の授業のためには、やるしかない。
SNSでおすすめされた現代文の参考書を読み、問題を解き、解説を読み込んだ。
どうして間違えたのか、どう考えればよかったのか。
「生徒に説明できるようにする」ことを目標に、文章に向き合った。
間違えると「私は講師失格だ」と思い詰めたが、だからこそ一つひとつの問題に真剣に取り組めた。
そして、少しずつ変化が起きた。
塾で働き始めて4か月ほど経った頃。
立命館大学の現代文の過去問で満点を取った。
「これはもう、得意と言っていいかもしれない」と思えた瞬間だった。
それから3年以上が経ち、今も講師アルバイトを続けている。
今でも「もっと良い教え方はないか」「もっと再現性の高い読解法はないか」と考え続けている。
だが、現代文が読めるようになったという自信は、確かに持てるようになった。
振り返ってみれば、
・「あなたは現代文ができるはず」と言ってくれたカウンセラーの先生の存在
・「生徒に教える」という責任のもとで、根拠を明確にしながら読解に取り組んだ経験
この2つが本当に大きかった。
高校生の頃、個別指導塾に通ってみていたらどうだっただろう。
大学でレポートに「論理が飛躍している」と書かれたとき、誰かに相談できていたらどうだっただろう。
私は相談せず、「苦手」と決めつけて、現代文を避けていた。
そのことが、長く自分の中に残るコンプレックスとなった。
読解力がない自分は、人との会話でも論理が飛躍してしまっているのではないか。
そんな不安もあった。
私にとって、「現代文が苦手」というスキーマは、大きな問題だった。
だが、現代文を任されたからこそ、本気で取り組めた。
(もちろん、生徒にとってベストだったかは分からないけれど)
そして、あの先生の言葉があったからこそ、心が折れそうになっても踏ん張れた。
今では、私も授業の中で、
「この子、論理的に考えられる力はあるけど、苦手意識が邪魔してるのかも」
と思うことがある。
そんな時には、あのとき自分が言ってもらえたように、
その子にも「できる可能性があるよ」と伝えられる講師でありたいと思う。
スキーマというものの強さ、そしてそれを疑うことの大切さを、私は身をもって知った。
今はまだ苦手でも、何かのきっかけで糸口をつかめることがある。
そんな可能性を、生徒と一緒に探していける講師でありたい。
個別指導塾のアルバイト
オンラインの個別指導塾で、講師のアルバイトを始めて3年になる。
国語を中心に、中学英語や中学数学も教えている。
授業にも慣れ、日々の仕事に少し余裕が出てきた。
それでもふと、「このやり方でいいのだろうか」と感じることがある。
私の授業の進め方はこれで良いのか。
宿題の量や、生徒との関わり方は適切だろうか。
誰かに相談したい。アドバイスが欲しい。
参考になる指導マニュアルや、話し合える講師仲間が欲しい。
けれど、私が働く塾では、講師どうしの交流がほとんどない。
講師は時間帯ごとに数人しかおらず、1人で勤務することもある。
休憩時間も短く、挨拶程度の会話が精一杯だ。
授業の引き継ぎで簡単な情報交換はあるが、互いの指導について深く語り合うような場はない。
社員の方とは話す機会が多いので、宿題の出し方などは時々相談している。
それでも、「授業中の指導やコミュニケーション」については、やはり他の講師の工夫や技術をもっと知りたいと感じている。
他の人は、どう思っているのだろうか。
私は、もっと"プロ"に近づきたい。